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2-28 捨て台詞

***28*** 

その一瞬、二人の間で時が止まっていた。

視線がぶつかり、一瞬にして絡み、二人の心で時間が巻き戻る。みるみるうちに2ヶ月前の熱い想いが蘇ってくる。

朝子は真っ赤なりんご飴を持っている。多分息子が残したものなのだろう。

りんご飴より淡い色をした彼女の唇はうっすら開いて、やはりきらきらと光っている。有芯は何度もキスを重ねた唇の感触を思い、胸が音を立てて鳴るのを感じた。

しかし実際に二人が目を合わせていたのはほんの一瞬で、視線が熱を持つ前に、朝子が目を逸らした。

彼女は夫とも息子とも楽しそうに笑い合い、花火を見ている。幸せそうな家族。何の不自由な想いも感じさせない、朝子の笑顔。

見たくなかった・・・そんなお前の姿なんて。有芯は、視界が暗くなってゆくのを感じ、花火に夢中になっているエミの腕をほどいた。

お前はどこからどう見ても母親だ。それなのに、あの日と同じように唇が光って、俺を誘惑する―――キスをねだるように少し開いた唇で、俺の心を溶かしてゆく・・・。

ひどい女だ、お前は。平気な顔して笑うなよ。その唇を、旦那の方なんかに向けるんじゃねぇ。

封印したはずの痛みが、また胸の中で暴れだしそうだ・・・

「やっ、ちょっとぉ~元気?!」

「久しぶり~~! 元気元気~!!」

エミはまた、久しぶりに再会したらしい友達と話し出した。有芯が離れていることに気付き、彼女は再び腕を絡めてきたが、彼はエミを振り払った。エミは少しだけ有芯を睨むと、また笑顔で友達と話し出した。彼が単に照れたのだと思ったようだ。

有芯が見ていると、朝子が家族に向かって苦笑し、一人離れて人込みの中を歩き出した。

有芯はエミの存在をすっかり忘れ、朝子の後を追った。朝子は人込みを苦労しながら掻き分け進んでいる。その表情には、特に取り乱した様子もない。

朝子、お前は本当に、俺がいなくても不都合なく生きているんだな・・・。

理不尽に湧いてくる怒りを押さえつけるように、有芯は歩きながら何度か深呼吸をした。

それなら、俺だって・・・俺だって、お前なんかいなくたって全く不都合なんかないさ。

落ち着いて、あいつの顔を見て言うんだ。「先輩元気そうじゃん」とか、「俺もうあんたいなくても全然平気だから」とか・・・。

むしろ「あんたのことは大嫌いだ」とか。

「さようなら」・・・とか。

ドクンドクンと鳴る心臓を手のひらで押さえ、有芯は朝子を追った。




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